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仙台高等裁判所 昭和23年(ネ)150号 判決

控訴人 五十嵐末蔵

被控訴人 斎藤孝誼

主文

原判決を取り消す。

控訴人と被控訴間の山形地方裁判所昭和二三年(ワ)仮第二三号約定履行請求事件につき、同年七月五日成立した和解は無効であることを確認する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人が、

一、本件和解の対象となつた山形県最上郡真室川村大字川の内秋山二、三〇八番の四畑七畝一二歩、同番の一宅地八九坪九勺は昭和一四年八月八日控訴人の長男訴外亡喜久治が訴外佐藤定吉から買受け、その旨所有権移転登記を経由したものであるが、当時喜久治は未成年者であつたので、控訴人がその法定代理人として売買の衝に当つたものである。

二、昭和二二年一二月一一日控訴人と被控訴人間に成立した乙第一号証記載の契約は、被控訴人の申出により昭和二三年五月二三日合意解除された。

三、喜久治は昭和二〇年六月二日戦死したが、妻も小供もなかつたので、父である控訴人と母である訴外勝江がその遺産を共同相続したところ、昭和二三年一二月一四日勝江が死亡したので控訴人とその娘訴外イク及び婿養子訴外政義が勝江の遺産を共同相続した。したがつて現在前記二筆の土地は、控訴人が三分の二、イクと政義がそれぞれ六分の一の割合でこれを共有しているものであると述べ、

被控訴代理人が控訴人の右主張事実中、その主張の各土地がもと佐藤定吉の所有であつたこと、喜久治と勝江の死亡日時並びに相続関係は認めるが、控訴人その余の主張事実は争うと述べ、

証拠として、控訴代理人が、新たに甲第四号証、第五号証の一、二を提出し、当審証人五十嵐イクの証言を援用し、乙第二号証の成立を認め、第三号証中真室川村長松沢雄蔵作成にかかる証明部分のみ成立を認め、その余の部分及び第四、五号証はいずれも成立は不知と述べ、被控訴代理人が乙第二ないし第五号証を提出し、原審及び当審での被控訴本人尋問の結果を援用し、右甲号各証の成立は不知と述べたほかは、すべて原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

昭和二三年五月四日控訴人が被控訴人を相手方として山形地方裁判所に控訴人主張の訴(同庁昭和二三年(ワ)仮二三号)を提起し、同年七月五日その主張の内容で本件和解が成立したことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一号証、原審での控訴本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証、商業帳簿でありその体裁、記入の順序方法等に照らし真正に成立したものと認められる甲第五号証の一、二、当審証人五十嵐イクの証言及び右控訴本人の供述によれば、本件和解の対象となつた控訴人主張の二、三〇八番の四畑七畝一二歩と同番の一宅地八九坪九勺は、昭和一四年八月八日控訴人の長男喜久治が佐藤定吉から買い受け、その旨所有権移転登記を経由したもので、喜久治の所有であつたことを認めるに充分であり、右認定に反する当審での被控訴本人尋問の結果は、前記各証拠に照らし措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。そして喜久治は昭和二〇年六月二日死亡したこと及びその遺産相続人は控訴人とその妻勝江であつたことは当事者間に争がないから、前記二筆の土地は同人等の共同相続にかかる共有物といわなければならないところ、本件和解の成立した昭和二三年七月五日当時右各土地につき遺産分割が行われず依然同人らの共有のままであつたことは、弁論の全趣旨により明白である。ところで分割前の相続財産に属する権利は共同相続人全員の共有に属し、これを処分するについては共有者全員の同意を要するのであり、共有物の処分行為を目的とする訴訟は、共有者全員から、または共有者全員に対し、提起するのでなければ、正当な当事者適格を欠くものであつて、その請求は理由のないものとなるわけである。この理は裁判上の和解についても同様であつて、その和解の結果当該共有物を処分する如き内容のものは、共有者全員が和解の当事者となるのでなければその和解は無効であると解すべきである。しかるに本件和解の内容は前記各土地の処分に関するものであるにかかわらず、共有者の一人であつた勝江が当事者としてこれに関与していないのであるから、右和解はこの点で無効たる免れないのである

被控訴人は、勝江が本件和解の成立した昭和二二年七月五日の検証現場に立ち会い、右和解を承諾したから有効である旨抗争するけれども、固有必要的共同訴訟の場合、本来当事者たるべき者が関与しないで成立した和解につき、その当事者たるべき者が後日追認したところで、右和解が適法有効なものになる理はない。もつとも共有者の一人が代理権限がないにかかわらず、他の共有者の代理人たる資格をも兼ねてした和解であれば、裁判上の和解は一面民法上の法律行為であると同時に他面裁判所に対する訴訟行為としての性質を併せ有するから、本人が相手方と裁判所の双方に対して追認する旨の意思表示をすることによつて右和解は有効となるけれども、本件では、後記認定のとおり控訴人は前記各土地が控訴人の単独所有であるとの認識のもとに、自らの名において、訴を提起し、本件和解をしたのであつて、妻勝江の代理人たる資格をも兼ねてこれをしたのではないから、無権代理行為の追認という問題は起り得ないわけである。

そればかりではなく、当審証人五十嵐イクの証言、原審での控訴本人尋問の結果によれば、控訴人が昭和二二年四月一九日喜久治の戦死の公報に接して以来、同人に妻子がなかつたところから、控訴人が単独でその遺産を相続し、前記各土地の所有権を取得したものと誤信し、勝江もまたこのように信じ、自ら共有権を有することについて全く認識を欠いた結果、同年一二月一一日被控訴人との間に乙第一号証記載の契約を締結するに際しても、また被控訴人を相手方として前記訴を提起するに当つても、さらに本件和解をするについても、終始控訴人が単独で行動し、勝江は全然これに関与しなかつた事実を認めるに充分である。そうだとすれば、本件和解の成立に際し、勝江がたまたまその席上に居合わせ何ら異議を述べなかつたとしても、自らの権利者たる認識を欠いていたのであるから、このことの故に勝江が控訴人のした和解の意思表示を承諾したものと解することはできない。被控訴人の右主張は失当であり採用の限りではない。

なお原審は、控訴人は終始前記各土地の処分権があるように行動し、被控訴人をしてこのように信じさせたばかりではなく、控訴人が喜久治の死亡を知つたからには、当然右各土地は控訴人と勝江の共有であることを認識しなければならなかつたにかかわらず、その認識を欠いたのは重大な過失であるから、民法第九五条但書の法意に照らし、控訴人は勝江が本件和解に関与しなかつたことを理由にその無効を主張することは許されないとして、右和解を有効と判断したが、被控訴人は原審でもこのような主張をしていないことは本件記録に徴し明らかであるから、原審のした右判断は、民事訴訟法第一八六条に違背するものといわなければならない。よつて当裁判所はこの点について判断しない。

してみれば、本件和解の無効であることの確認を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであり、これと異る見解のもとに右請求を棄却した原判決は不当であつて取消を免れない。

よつて民事訴訟法第三八六条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 羽染徳次 沼尻芳孝)

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